音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』（テレビ朝日系）で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。

　１　“網戸におでこを　押し当てて夏”（眞名子新『網戸』作詞：motoki manako）
　２　“けっこうやったな”（さまぁ?ず 大竹一樹）
　３　“薬指がない”
　４　“おもろいことひたすら書いてん”（ブラックマヨネーズ 吉田敬）
　５　“働け才能”

思いがけず夏をあらわすもの

先日、何げなくつけていたリビングのテレビからすき家のうな牛のCMが流れて、そのCMソングに耳を奪われた。

調べてみると、眞名子新さんの『網戸』という曲だった。サビは「網戸におでこを　押し当てて夏　の様子をみてる　飽きることもなく」という歌詞で、CMは山に囲まれた田舎の家で扇風機で声を震わせたり、庭に水をまいたり、手持ちの花火をしたり、といったノスタルジックな映像である。歌詞と映像が絶妙にマッチしていて素敵だ。

私も青森の田舎の出身だからだろう。心地いい懐かしさを感じた。“小学校の夏休み”と聞くと、さも「いっぱい遊んでいっぱい汗かいてワクワクがいっぱいの楽しい毎日」みたいな響きがあるけれど、実際はそんなことはない。親は仕事でいないし、ただでさえ何もない田舎は特にすることもなく、読み飽きた漫画を読んだり、やり飽きたゲームをしたり、意味もなく近所の公園をふらついてみたり、ひたすら暇をもてあましていた記憶がある。ぼうっと子供部屋の窓から外を見た時の、網戸がおでこや鼻や口に当たるあの感触、網戸のにおい。この歌を聞くまで、まさか“網戸”が私の小学校時代の夏休みをリアルに思い出させてくれるものだったとは思いもしなかった。

世の中には夏の歌はたくさんある。それらを聞いた時になぜ夏の歌だと感じるかというと、歌詞の中に、花火、かき氷、汗、日差し、夏祭り、セミの声、すいか、ゆかた、プール、アイス、カブトムシ、蚊取り線香、そういった夏をあらわすワードがいくつか出てくるからである。そして、網戸もまた、まさかの夏のワードの仲間だったのである。

おそらく、まだまだ他にも、思いがけず夏をあらわすものがこの世にはあるのだろう。あらためて探してみようと思った。

“疲れてる”禁止

6月28日深夜放送のBS朝日『さまぁ?ず×さまぁ～ず』 でのこと。相方の三村マサカズさんが、大竹一樹さんに 「（なんか調子悪そうだけど）疲れてます？」と聞くと、大竹さんが「いやいや、“疲れてる”禁止ですから。どこでも言わないです、私は。“いやあ、今日は疲れたなあ”とか、あれはもう王様の言葉だもの」と答えた。続けて三村さんが「仕事終わりの打ち上げでもあんま言わないよね。全員疲れてんだから」と言うと、大竹さんは「私は、“けっこうやったな”っていう言い方にしてます。“今日はけっこうやりましたね！”って、それは“みんな”っていう意味で言ってますから。一人だけ疲れてることはないから」と言った。

たしかに、一緒に仕事をした相手に「いやあ、今日は疲れましたねえ」とはなかなか言わない。言うとしても、家に帰ってから、仕事と関係のない家族に向かって「いやあ、今日は疲れたわあ」である。

とはいえ、一緒に仕事をした皆さんの大変さはよく分かっているので、それを労（ねぎら）う言葉を現場で掛けたいとは思うのだけど、それにふさわしい言葉がないなあ、とはずっと内心でうっすら思っていた。これからは、私も「いやあ、今日はけっこうやりましたねえ」と言ってみようと思う。なんとも日本人らしい慎（つつ）ましい言い方だなと思う。

最近まで名前のなかったもの

6月17日深夜放送のテレビ大阪『さらばのこの本ダレが書いとんねん！』でのこと。人類学者の奥野克巳さんらが、マレーシアのサラワク州に住む狩猟採集民族プナン人の生活に密着取材した著作『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか？』について話していた。

向上心以外にも彼らにはないものが多いらしく、例えば“ありがとう”や“ごめんなさい”といった言葉や気持ちもないのだという。知識も技術も物も何でも分け合うことが良しとされる文化なので、持ち物の所有者がAからBに移ったとて、そこで感謝の言葉が述べられることもないということらしい。

他にも彼らにはお金、うつ病、根気、反省、将来の不安、モテ?非モテ、東西南北、無理強い、ちゃんとする、好かれたいという気持ち、上下関係、お墓といったものもないのだそう。続けて奥野さんは「薬指もないんです。（薬指があることは自分でもわかっているけれど）薬指に対して名前をつけていない。親指、人さし指、中指、小指はあるんですよ。でも、あんまり使わないものには名前をつけてないんです。あるんだけど、ないかのようにしているんです」

面白い。面白すぎる。でも、薬指に名前がなくても気にならないなんて、初めは意味がわからないと思ったけれど、よく考えたら、最近まで名前のなかったものは私たちの暮らしの中にもたくさんある。

最近だと「〇〇ハラスメント」がそうだろう。それまで何となく不快だと思っていた感情に、「〇〇ハラスメント」と名付けた瞬間にその存在が明らかになる。それらのハラスメントだって、いわゆるプナン民族の薬指のように、名前がつくまでは皆が“あるんだけどないかのように暮らしていた”はずなのである。日付もそうだろう。“今日”“昨日”“一昨日”までは特別な名前があるが、その前の日より以前に一般的な呼び名はない。普通に、3日前、4日前と呼ぶようになり、それが7日前になると今度は“1週間前”というまた別の名前がつく。つまり、プナン人が薬指のことを例えば“中指と小指の間の指”と呼んだとしても、それと大差ない気がする。

そう考えると、いちいち何にでも名前をつけたがるのは、神経質になって物事を細分化しすぎているせいなのかもしれないと思う。毎日をおおらかに暮らしていたら、細かい差異にわざわざ名前なんてつけないはずである。

今、プナン人にも国からスマートフォンとWi-Fiが与えられ、生活に浸透し始めているそうだ。彼らは文字を持たないし、読めないので、問題は多そうではあるが動画を適当にタップして楽しんで見ているらしい。いつか、プナン人たちの間で薬指に名前がつく日はくるのだろうか。外国から結婚指輪の文化が入ってきて、「束縛指」なんて名前になったりするのかもしれない。